西南戦争勃発時、西郷隆盛の遺訓を残す庄内藩にある動きがあった!遺訓 佐藤賢一/著

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この題名の遺訓ですが、「南洲翁遺訓」のことです。

「南洲翁」とは、2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の主役である西郷隆盛のことですね。

この西郷隆盛の残した教えが「南洲翁遺訓」なのです。どんなものなのか、wikiから抜粋します。

『南洲翁遺訓』(なんしゅうおういくん)は西郷隆盛の遺訓集である。遺訓は41条、追加の2条、その他の問答と補遺から成る。「西郷南洲翁遺訓」、「西郷南洲遺訓」、「大西郷遺訓」などとも呼ばれる。

この南洲翁遺訓は、旧出羽庄内藩の関係者が西郷から聞いた話をまとめたものです。なぜ、庄内藩なのでしょうか?

幕末戦争では、江戸城に無血開城で乗り込んだ官軍が、上野戦争で彰義隊を破りました。しかし、官軍の徳川幕府擁護派に関する取扱いの過酷さから、会津藩は抗戦を続け、東北諸藩は奥羽越列藩同盟を結んでいます。

そして、1868年8月23日に東北戦争において、官軍は鶴ヶ城の攻撃を開始し、9月22日に会津藩は降伏しました。

ここで、庄内藩は官軍を撃退しましたが、奥羽越列藩同盟の崩壊に伴い、戦闘を続けられなくなり、9月26日に降伏しています。

庄内藩は、薩摩藩邸焼き討ち事件や、東北戦争における戦闘で官軍を散々に悩ませていたため、厳しい処分が下される(事実、会津藩は斗南への移築等、相当悲惨な目にあっています)と予想していました。

しかし、予想外に寛大な処置が施され、この処置が西郷の指示によるものであったことが伝わると、西郷の名声は庄内に広まったそうです。

この関係で、旧庄内藩で西南戦争後に、「南洲翁遺訓」が書かれるのです。

前置きが長くなりました。この小説は、旧庄内藩で「南洲翁遺訓」が書かれるまでの流れを物語にしたものです。以上の件を知っていた方が、より、面白く読めると思います。

主人公は、新撰組一番隊隊長沖田総司の甥で天然理心流の遣い手である沖田芳次郎です。

この小説の内容紹介です。

明治九年。叔父譲りで卓越した剣の腕を振るう芳次郎だったが、死闘を重ねるうち、人には力に勝る強さがあることを知る。青年剣士の成長と挫折を描き、闘いの果てにある「武士の本懐」に迫る感動の時代長篇。

遺訓

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西郷隆盛とは違い、大久保利通を筆頭とした明治政府は、旧庄内藩を目の敵とするわけです。ぞくぞく派遣される明治政府の密偵を、旧庄内で、飄々と捕える役どころで、この主人公は登場してきます。

こんな中、旧庄内藩の鬼隊長XXが、明治政府のために、清国の密偵を行い、天津や北京の城を探る際に、これを護衛するため、芳次郎が派遣されます。

当然、芳次郎ほどの剣客が出てくるのですから、これに相対する凄腕の刺客が登場するのが当たり前で、彼らの戦いが迫力たっぷりと語られます。

そして、物語は、征韓論に敗れた西郷隆盛が鹿児島に帰り、西南戦争に至るいくつかの事件を踏まえて、西郷隆盛の護衛をするため派遣される芳次郎の活躍を描きます。

芳次郎は、剣は強いですが、やはり未熟な青年ですので、恋に迷い、敵との戦いや西南戦争での戦いを見て成長していきます。ここでも、新撰組三番隊隊長であった斉藤一も登場します。

ぜひ、ご一読を。

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