乱世に振り回される薩摩島津家の物語、闘い抜いて家を守る!島津義弘伝 上・下 天野純希/著

シェアする

Pocket

薩摩・島津家の物語、主人公は、島津義弘です。

1.薩摩藩の憂鬱、秀吉への屈服&朝鮮出兵で混乱「衝天の剣 島津義弘伝 上」

60爺は、この人に関しては、関ヶ原合戦終了後、東軍の只中を的中突破して、ほぼ全滅の憂き目を見たものの、薩摩まで無事帰り着いたときの主将であることしか知りません。

この物語は、九州全土をほぼ、掌握しながら、関白秀吉に屈服して、兄弟のうちで一番戦のうまかった末弟家弘を、関白方に毒殺されて、鬱屈している所から始まります。

この後も、秀吉方の薩摩家に対する策謀は止まず、義弘が韓国出征中に次弟の晴蓑(歳弘)をも失います。

その他にも、島津家中で、義弘の長男を含むかなりの人物が亡くなっていきます。物語は、秀吉へ屈服後の薩摩の苦衷が次々と語られていき、そこに、兄龍伯(義久)のXXXも加わって・・・・。後継者についても憂いが・・・。

その苦難の中で、戦には部類の強さを発揮して生き抜き、韓国との戦が終わり、義弘が帰国するまでが語られます。

是非、ご一読を。

2.薩摩武士の根性の見せ所、関が原から領土安堵まで「回天の剣 島津義弘伝 下」

島津義弘伝 下巻です。

上巻は「衝天の剣」でしたが、下巻は「回天の剣」となっています。関が原がクライマックスで、敵中突破をなしえた義弘が薩摩に帰り、家康から領土を安堵されるまでが描かれます。

秀吉は死にましたが、それに変わった家康から、またしても、島津家は警戒されてしまいます。家康から託された伏見城に入城できず(結局、家康は義弘を騙したワケですが)、関が原では西軍について闘うことになります。

関が原では、当初、西軍が押していたようですね。この戦いは、いろいろ言われますが、結局、家康が1枚上手で、西軍は裏切り者が多く入っており、ご存知の通り、松尾山の小早川秀明の裏切りが勝利を決定付けたわけです。

ここからが、島津の戦いですね。当初は、家康の首を狙い、それから戦線離脱し、1,500人の部隊は壊滅しながらも、義弘は島津に帰還した訳です。

小説を読むと、義弘以外にも、名の知れた武将が無事に帰還したことがわかります。この戦いで、石田光成や、小西行長、安国寺エケイなど、西軍の主力が捕らえられ、首を切られた事実に比べて、ものすごいことであることがわかります。

薩摩に帰ってからは、兄の龍伯の出番ですね。勝利者の徳川家康との駆け引きが見事です。安堵状を出されても、部下の安堵状など相手にしません。直筆の安堵状を得るまで、我慢強く折衝を繰り返します。

家康の部下の安堵状を得て、大阪城から退散した後、6ヶ国から2ヶ国に減俸された毛利輝元なぞより、はるかに人間の出来が違いますね。

薩摩帰国後は、義弘は主人公ではなくなります。もっぱら、龍伯と忠恒のエピソードが中心となります。

この小説を読んでいて、ちょっと残念(というか事実なのだから仕方が無い)なのは、跡継ぎが忠恒になったことです。

いわゆるヒールですよね。韓国では弱いものを圧倒し、帰国してからは、陰謀を用い邪魔者を消していく邪悪な主君に描かれてます。

こんな奴が主君になって大丈夫なのかなあというのが、60爺の感想ですが、結局、明治維新では、薩摩藩が中心になったのだから、結果オーライって感じなんですかね。

こちらも、ご一読を。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする